「日米腎臓内科ネット」活動ブログ

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誰のための論文?

わたしは腎臓内科フェローシップ中「polycystic kidney disease (PKD)におけるciliaと高血圧の関係」というテーマで基礎研究を2年間行いました。今後もこのテーマで研究を続けていく予定なので、現在進行中の臨床試験「HALT」というスタディーの結果は気になるところです。PKDでは腎臓でのレニンアンジオテンシン系が亢進していると考えられ、それが腎嚢胞の形成促進や腎機能低下に関与していることが動物実験では指摘されています。HALTは多施設、無作為化二重盲検試験で、レニンアンジオテンシン系阻害薬(ACEIとARBとACEI単独)を正常腎機能(GFR>60ml/min)のPKD患者に投与し、通常血圧と低血圧に保ったグループとに分け、腎機能や腎臓の大きさを観察していくスタディーです。またGFR25-60ml/minとすでに低下したグループへの投与も観察します。このスタディーに関してこんな中間報告論文が腎臓病関連の分野では良いとされる雑誌に載りました。

ところが内容を見て残念に思いました。要旨に書いてあることと、内容が一致していないからです。要旨には「我々の分析の結果、腎臓の大きさと機能パラメーターに「強い」関連性がある」と書かれていますが、中身を見るときわめて弱い関連しかありません。またMethodの項でしっかりと“Because of the exploratory nature of the analysis, adjustments were not performed”と書いているにもかかわらず、上記結論を導いています。ほとんどの人は「題名」とせいぜい「要旨」しか読みませんのでこれは誤解を招く可能性があります。論文を読む際、良いジャーナルからの記事はしっかりと吟味された上で出版されていると思いがちですが、やはりしっかりと内容を確認するべきだと感じます。またそういったスキルを身につけることが大事であることは言うまでもありません。
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もうひとつ指摘したいのが、臨床試験ではこういった中間分析を論文として発表する必要があるのかということです。この結果をどう臨床に生かせるのでしょうか?これを見て、誰がどういった恩恵を受けるのでしょうか?そもそも臨床試験はデザインされた時点で施行方法に関しては変更できないわけですし、オンラインで試験の内容を確認できる時代にデザインに関する論文をあえて掲載する必要はあるのでしょうか?個人的な意見ですが、こういったアクセサリー的な論文を出す理由の多くはグラント更新のための材料、ファカルティーポジションの確保や昇任目的の論文数稼ぎと推察します。たしかに昨今の不景気からリサーチマネーの確保が難しい状況を考慮すると、理解できないわけでもありません。ただいったい「誰のための論文なのか?」と思ってしまいます。わたしは決してこの論文を書いた人たちをターゲットとしているわけではなく、一般論としてこの疑問を投げかけます。それにしてもこのラスト筆者は大変有名な方で670以上も論文があります。これに1つ加えて得るものと、もしかしたら失ってしまう要素を比較するといろいろと考えさせられます。数ではなく、たった一つで良いので「医学的に真に貢献できる」研究報告を目指したいものです。

T.S
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尿細管性アシドーシス(RTA) part 1

RTAは腎臓が原因で酸が蓄積し高Cl性の代謝性アシドーシスをきたす病態です。1から4型までありますが、本によっていろいろな書き方をしていますが自分なりに重要なポイントだけまとめます。
nephrocalcinosis.gif
1型RTAは最初に見つかったので1型となっていますが遠位(distal)RTAとも呼ばれます。これは集合管からH+が正常に分泌されない状態です(尿細管側のH+ATPaseと血管側のCl-/HCO3 exchangerの異常)。人はタンパク摂取から約100mmol/日のH+を産生し、主に腎臓の尿細管から排出します。排出されたH+は当然そのまま出て行くことはできないのでリン酸塩などの滴定酸(20%)とアンモニアNH3(80%)と結合し尿から出て行きます。
NH3+H+→NH4+(実際はNH4Cl)・・・(1)
尿イオンの内訳は陽イオンが主にNa+、K+、NH4+で陰イオンは主にCl-です(HCO3-はほとんど0)。したがって通常はNa+K+NH4=Clのはずです。NH4+は直接測定ができないので、測定可能な尿中Na、K、Clを用いて、尿アニオンギャプ(UAG)を計算しNH4+の割合を推測します。すなわち定常状態ではUAG:(陽イオン)-(陰イオン)=Na+K-Cl=陰性になります。ところがH+が尿中に排泄できないdistal RTAでは式(1)からNH4+の産生がないためUAGは理論上0か陽性となります。またH+が尿に出て行かないので尿のpHは通常>5.5と高くなります。1型RTAはアシドーシスが重度なため、骨でのH+の緩衝がさかんになり、骨からCaが多く失われる結果、高Ca尿症とnephrocalcinosisが見られるのも特徴です。

2型RTAは近位(proximal)RTAとよばれ2番目に発見されたためその名前がついています。糸球体でろ過されたHCO3-は通常ほとんどが近位尿細管で再吸収されます。ところが遺伝的にHCO3-の再吸収にかかわるトランスポーターに異常がみられたり、薬剤やlight chain(多発性骨髄腫)などが原因で尿細管障害をきたすとHCO3-の再吸収が正常に行われなくなります。これが2型RTAの原因です。具体的には血漿HCO3-が約15 mmol/L以下にならないと尿細管でのHCO3-の再吸収が起きなくなります。したがって、慢性の2型RTAでは尿中にHCO3-は見られませんが、重曹などで血漿HCO3-を上昇させると尿中にHCO3-が出現します。このHCO3-は遠位尿細管で取り込まれ、代わりにKが分泌されるのでHCO3-を投与したときのみ低K血症が見られるのも特徴です。一方1型RTAはH+の代わりにK+が多く分泌されるため低K血症が見られます。ではUAGはどうでしょうか?HCO3-はNH4+と結合するためProximal RTAでは UAGの測定はあまり意味がなくなります。重曹投与などで尿中にHCO3-が出現するときとそうでない場合があるからです。

次回はCKDと4型RTAについてです。

T.S
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Clinical case I

先日うけたコンサルトの中から一例紹介します。

55歳女性、既往歴なし、一昨日からの呼吸苦を主訴に来院。一ヶ月ほど前より、急な体重増加と下腿の浮腫もあり。尿たんぱくクレアチニン比は10以上。血尿なし。血清クレアチニン値は0.7 mg/dl、血清アルブミン1.2g/dL。造影CTにて広範囲に及ぶ肺梗塞と腎臓静脈血栓が判明し、同日入院となりました。抗凝固薬がプライマリーチームによって開始され、この時点で腎臓内科コンサルトをうけました。さて、この時点で最も考えられる診断は何でしょう?また、この時点でどのようなマネージメントをとりますか?
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Nephrotic syndromeに肺梗塞、腎静脈血栓を合併していることから、膜性腎症が強く疑われます。理由は明らかではありませんが、膜性腎症では血栓を高率に合併することが知られています。もちろんこの症例が、他の腎症である可能性はありますが、確率的にはずいぶん低くなります。
スペースの都合上詳細は省かせていただきますが、この症例において、病歴、身体所見、血液検査等に、特記すべき所見はありませんでした。血液検査は、ANA, C3, C4, anti-phospholipid antibody, SPEP/UPEP, free light chain, hepatitis, HIV などすべて陰性でした。糖尿病もありません。二次性の膜性腎症として、悪性腫瘍、薬剤、感染症を常に考慮する必要がありまが、この症例において、それらを疑わせる所見もありませんでした。彼女は半年前に消化管内視鏡、マンモグラムなどのスクリーニングをうけており、今回のCT結果も含めて、腫瘍は否定的です(65歳以上の男性に限れば、20-30%で腫瘍が関与していると報告されています)。薬剤、感染症も否定的です。
さて、コンサルトにうけた際には、確定診断の有無にかかわらず、現時点でのrecommendationを提示することは、とても大切です。どのようなマネージメントを選択するかは、意見が分かれるところですが、ここにいくつかオプションをあげてみます。

1. 抗凝固薬を一時中止して数日後に腎生検する
1-a: 診断がついたら、腎生検の結果に基づいて治療(ステロイドなど)を開始する
1-b: 腎生検の結果が実際に膜性腎症だったら、しばらく治療せずに様子をみる(ステロイドなどを使わず抗凝固薬とACEI/ARBのみ)
2. 抗凝固薬を継続し、腎生検は行わない(急性期の肺梗塞、腎静脈血栓の治療を優先)。
2-a: 抗凝固薬とACEI/ARBでしばらく様子をみる
2-b: 今empiricalに治療(ステロイドなど)を開始する

腎生検と抗凝固療法中断/再開の、リスク、ベネフィットをどう判断するかで、個人差がでてくるところですが、我々はこのケースで2-bを選択しました。治療薬はステロイド単剤を選択しました。病歴、血液検査などから膜性腎症である可能性が非常に強く、しかも腫瘍や感染症など二次性を疑わせる所見もないため、empiricalに治療を開始するのは妥当だろうと考えました。今後のプランとしては、外来で2ヶ月ほど抗凝固薬を継続し、再度CTをとり、血栓が消失していたら、その時点で抗凝固薬を一時中止して、腎生検をして診断を確定することとしました。治療開始数ヵ月後でも、膜性腎症の組織診断は十分に可能です。
もしもこのケースが、血栓症を伴わず、大量の蛋白尿だけのケースであれば、診断をつけるために現時点で腎生検を試みたと思います。さらに、その腎生検結果が膜性腎症であれば、自然寛解を期待して、しばらくACEI/ARBのみで様子をみるのもリーズナブルだと思います。

我々はステロイド単剤を選択し、他の免疫抑制剤を加えませんでしたが、これも個人、施設間、もしくは国によってかなり温度差があります。ステロイドと併用する薬として、米国ではcyclosporine, prografが好んで使用され、ヨーロッパではcyclophosphamide (Ponticelli regimen)です。 ACTHやrituximabも小さなスタディーですが、ポジティブな結果がいくつか報告されています。
ちなみに、今回、腎生検査をしないかわりに、血液検体をBoston University Dr. Salantらのグループに送り、anti-phospholipase A2 receptor (PLA2R) 自己抗体を測定してもらうことにしました。Idiopathic の膜性腎症ではPLA2R抗体が8割近くで陽性になり、治療に反応して抗体値が低下することが報告されています。(NEJM, NEJM, JASN) まだPLA2Rの臨床的な意義、有用性は定まっていませんが、腎生検査をためらう今回のようなケースにおいて、今後広く利用されるようになるかもしれません。

波戸 岳
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造血幹細胞移植後の急性腎障害(AKI)

造血幹細胞移植:Hematopoietic Stem Cell Transplant (HSCT) は自己もしくは他人(ドナー)の造血幹細胞を末梢血や骨髄から採取し、患者(レシピエント)に化学療法・放射線療法を施した後、清浄化された造血幹細胞を静脈経由で体内に戻す治療法です。この治療法は1960年ごろ行われはじめ、今では世界で年間5-6万例ほど行われ、血液腫瘍の治療には欠かせないものとなっています。ただし、副作用は大きいため、高齢者の移植はそれだけリスクを伴います。今回はHSCT に伴うAKIについて触れます。まず、どういった移植方法があるかを知り、どのステージでどのようなAKIが起こるかを見てみます。
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まず移植は主にautologous(自分の幹細胞を移植)とallogeneic(他人の幹細胞を移植)に分かれます。疾患、患者の健康状態、ドナーの適合性などによって決まります。骨髄移植の前に多くの場合myeloablationとよばれる治療が行われます。これは放射線や化学療法を集中的に行い免疫を抑制しがん細胞を除去することです。その後ドナーの造血細胞を戻し、最後に免疫抑制剤を投与しますが、これはgraft versus host disease (GVHD)をコントロールし免疫寛容を得るためです。Myeloablationはレシピエントにきわめて負担がかかるので通常、比較的若く合併疾患のない患者に行われます。Autologous HSCTは自分の幹細胞を移植するためGVHDの心配はありませんが、myeloablationは必須となります。一方、allogenic HSCTを行う場合は上記の治療法のほか、ドナー幹細胞のレシピエントへの生着(engraftment)をドナーとレシピエント間の免疫反応(graft vs tumor effect)を起こさせることにより達成するmini-allo (non-myeloablative)があります。ただしこれは進行の遅いがんなどに限られ、副作用は少ないもの再発も多いです。米国でのデータですが疾患により移植の種類が違いますし件数も違っていることがわかると思います。

AKIは大きく分けて3つのステージで見られます。移植直後のtumor lysis syndrome、そして2週間程度でピークが見られるveno-occlusive disease (VOD)やacute tubular necrosis (ATN)そして、数ヵ月~1年後に見られるthrombotic microangiopathy/ calcineurin inhibitor toxicityです。この図からわかるように、移植後2週間前後に起こるAKIはVODやATNが多いことがわかります。VODとは放射線や化学療法で内皮細胞障害を起こした肝臓の小血管が閉塞し、portal hypertensionを呈する状態です。いわゆるhepatorenal-syndromeを起こすので腎臓は強い血管収縮から虚血をきたし腎不全を起こします。VOD治療にはantithrombotic/fibrinolytic効果を持ったdefibrotideの有効性が指摘されています。またengraftment syndromeという病態があり、移植細胞が生着し、白血球が上がってくる際、この白血球がcapillary leak syndrome を起こし、発熱、肺水腫、下痢を起こし、AKIを呈することがあります。

HSCT後のAKIを見た場合、移植の時期とalloかautoの確認、そしてなによりmyeloablationの有無を聞くことはとても重要なことがわかります。Myeloablation がない場合、通常VODは除外できるからです。

T.S
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Clinical J-1ビザでのリサーチとその制限

フェローシップ中にリサーチをすることは、多くのプログラムで重視されおり、義務化されているところも数多くあります。腎臓内科のフェローシップは通常2年間で、その間にリサーチも行いますが (Fellows schedule)、所属するプログラムの条件によっては3年間、もしくは4年間の研修が可能です。通常、3年目以降の研修ができるかどうかは、プログラム、もしくはフェロー/メンターの資金次第となり、この資金源は、グラントがとれるかどうかに関わってきます。グラントを獲得するのは至難の業ですが、グラントを書くこと自体が良いトレーニングになるので、フェローシップ中にグラントにチャレンジする価値は大いにあると思います。ちなみに、National Kidney Foundationの資金が尽きたため(サポートしていた会社が倒産)、American Society of Nephrologyがかわりに立ち上げたフェローシップグラントが、今後腎臓領域では一番の頼りどころになると思われます(おそらく成功率は他のグラントと同様10%台あたりと、厳しいことには変わりないと思います)。
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アメリカで臨床に従事している日本人レジデント、フェローはClinical J-1ビザで渡米している方が多いと思います。フェロー終了後もアメリカに残ってリサーチを続けたいと希望する場合、ここでClinical J-1ビザの制約に直面します。まず、J-1 waiverをこなさないといけません(もしくは、時間と条件が合えばO visaに切り替えるのが、現実的には”2 year rule”を乗り越える別の策かと思います)。J-1 waiverをこなしながらリサーチを続けるためには、本当の僻地に行くわけにはいかないので、VA(退役軍人病院)で職を見つけるのが良いと言われています。VAはVA独自のグラントシステムを持っていて、研究をサポートしてくれます。しかし、自分の研究テーマと合致するVAが見つからないかもしれませんし、そもそもVAの研究スポットは空いていないことのほうが多いので、適したVA職を見つけるのは容易ではありません。さらに、VAはwaiver終了後のグリーンカード申請をサポートしないので、本当にアメリカでphysician scientistとしてやっていこうと考えている場合、長期的には問題があります。ある移民弁護士が冗談まじりに、”They (VA) need you, but they don’t like you.”と言っていました。National Institute of Health (NIH)も政府組織なのでwaiverができるとの噂を耳にしたことがあり、実際に尋ねたことがありますが、Clinical J-1 waiverをNIHでリサーチしながらこなすというのは、受け入れていないそうです。

そうなってくると、市中の病院でJ-1 waiverをこなしながら(waiverは意外に多くの都市部でも可能)、臨床片手間に研究室に通いつつリサーチを続ける、という策を考えますが、今度はグラントに応募できないという制限に直面することになります。なぜならば、グラントが取れた際には通常7, 8割の時間を研究に割くことが条件なのですが、J-1 waiverをしているとそのようなな時間が取れないからです。

ビザの種類が何であれ、外国人であるということ自体が、グラント応募時には大きなハンディキャップになります(もちろんアメリカ人からみれば、その制限は理にかなっていると言えますが)。フェロー終了後に応募できるグラントは各種ありますが、応募資格の規定に、アメリカ市民、もしくはグリーンカード保持者のみと指定されていることが一般的です。ビザでも応募できるがアメリカ人を優先する、と明記しているグラントも多くあります。アメリカでキャリアを築くために重要なNIHのKシリーズ(Career development grants)もアメリカ市民権が必要です。通常、臨床に関わっているM.D.が応募するのはK08 (basic research)かK23(clinical)です。R00/K99だけは市民権不要ですが、これはPh.D.ベースのスーパースター達が、今にも独立できる状態で応募してくるので、臨床にも時間を割いているM.D.にはとても歯が立ちません。また、応募資格がフェロー終了後5年以内なので、J-1 waiverを3年間もしているとあっという間にチャンスを失います。

まとめますと、Clinical J-1ビザはその名の通り、臨床トレーニングのために設けられたビザなのだと言えます。

波戸 岳
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SLED(sustained low efficiency dialysis)

急性腎障害(AKI)の治療に関してはここ50年、透析方法、透析量にかかわらず死亡率は大して改善していません。血行動態の不安定なAKIはICUでの管理が必要になります。AKIは透析を要さない場合と、体液過剰による呼吸・心不全/電解質・酸塩基異常/尿毒症症状などともなった症例など、透析が必要な場合に分かれます。透析方法は1) 間欠的血液透析(IHD)2)持続的血液透析(CRRT)と3) SLEDがあります。血行動態が安定していればIHDを行うことができますが、不安定な場合、CRRTやSLEDを選択するべきです。あまり聞きなれないSLEDとはなんでしょう、そしてそのメリットとデメリットは何でしょうか?
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SLEDは通常の透析よりも血流・透析液ともに低く設定され、長時間、頻回に血液透析を行うものです。除水量もIHDよりも透析時間が長いため緩除になります。例をあげると、IHDが週3回、各4時間、血流400ml/min、透析液800ml/min程度であるとすると、SLEDは週6回、各8時間、血流200ml/min、透析液350ml/minといった処方になります。SLEDは通常の血液透析器を使用し、透析ナースが管理し、抗凝固は通常使用しません。メリットは通常の透析器で行えること、透析膜や回路等はCRRTのそれよりも安価であること、通常の透析ができるナースがいれば可能であること。デメリットは、ナースがこの患者のために余計に必要であること、除水による血行動態の変化はCRRTよりも大きいことと抗凝固は使用しないことが多いため回路凝固が1/4程度あることです。(アメリカではnafamostat(フサン)は認可されていません)

一方、CRRTは持続的に透析濾過を行う方法ですが、血流は100-300ml/min、透析量はIHDにくらべ極めて低く20-35ml/kg/hr程度になります。CRRTは専用の透析器/透析膜/透析回路を使用し高価で、ICUナースがこの管理方法を習得している必要があります。メリットは余計に透析ナースを要さないこと、24時間で投与した輸液や体液過剰を除去するため体液管理が容易であること、抗凝固はクエン酸を使用することが多く回路凝固の頻度はSLEDよりも低いことなどが上げられます。デメリットはCRRTを管理するスキルを持った施設(ICU)とICUナースが必要であることとコストが余計にかかることです。

IHDでもCRRT/SLEDを選択してもAKIの生命予後に変わりがないことはたくさんのstudyからわかっています。コスト、抗凝固や溶質除去に関してSLEDの利点を主張する小さなstudyもありますが、最近では透析量の多い少ないにかかわらずAKIの予後に差がないことが示されています。 ICU管理を要する重症のAKI患者にCRRTはとても便利なわけですが、そういった設備や環境を備えていない場合SLEDという透析方法もあります。

T.S


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Nitrogenous end products (part 2)

2.尿素

アンモニアよりも毒性がかなり減少します。そのため、アンモニアよりも何十倍も高い濃度の尿素を血中に維持することが可能です。これはまた、水へのアクセスが悪い哺乳類が、水をセーブしつつ窒素を排泄するのにも都合が良いです。哺乳類の他に、カメ、カエルなども尿素がメインの窒素代謝産物です。我々哺乳類の腎臓髄質では、尿素を浸透圧調整物質としても利用しています。しかしながら、以前触れたように、高濃度の尿素は有害です。また、エネルギー効率で言えば、尿素を産生するには、アンモニアと同等の窒素を排泄するよりも4 ATPから5 ATP余分にかかります。
余談ですが、尿素を扱ったことがある方はご存知だと思いますが、尿素粉末を水にまぜると水の温度が一気に下がります。アイスパックなどは、この反応を利用しています。また、高濃度の尿素中に組織をつけておくと、組織が透明になり、顕微鏡で深部までみることができるようになります。これは日本のグループによって数ヶ月前のNature Methodsに発表されました。自分も実際に試したところ、autofluorescenceの強い腎臓も、だいぶ透き通ってみえるようになりました(何週間もかかりますが)。
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3.尿酸

尿酸は、腎不全以外にも高血圧や炎症など、各分野で話題を集めているようです。尿酸は抗炎症作用も言われていたり、その良し悪しについては議論の分かれるところです。今年のアメリカ腎臓学会で尿酸のセッションを聞いてきた友人は、尿酸値とIQには相関関係があるらしいとまで言っていましたが(尿酸値が高いほどIQが高い)、私は真実のほどを確認できていません。
尿酸を最終代謝産物とする代表的な動物には鳥、爬虫類、昆虫があげられます。鳥はよく痛風になり、獣医にはなじみのある疾患とも聞いています。尿酸を産生するためには、尿素よりもさらに多くのATPが必要ですが(12 ATP versus 4 ATP)、利点としては、尿素よりもさらに毒性が低いことがあげられます。また尿酸は、水溶性が極端に低いため、濃縮して結晶化した形で排泄することが可能です(車に付着した鳥のフンは尿酸の塊です)。この濃縮化は、陸上にすむ生物にとって、水をセーブできるという点で尿素以上に優れています。同等の窒素代謝物を排泄するために必要な水の量を比較すると、アンモニアを1とした場合、尿素は1/40、尿酸は1/100程度の水で済むと言われています。
毒性や水の観点から進化の過程を推測すると、アンモニア→尿素→尿酸となりそうですが、なぜ哺乳類は尿酸を最終代謝物としないのでしょうか?憶測の域をでませんが、ATPのコストを含めた総合的なバリューは、ほぼ尿素と尿酸で同等なので、どちらでも良かったのかもしれません。尿酸は結晶化して窒素代謝物が拡散しないので、鳥、爬虫類、昆虫など卵から産まれる動物は孵化する前に、尿素よりメリットがあると考えられています。

そもそもornithine-urea サイクルは、進化の過程でアンモニア代謝にとってかわるものとして出現してきた、と考えるのは正しくないようです。早期に出現した魚もornithine-urea サイクルを遂行する遺伝子を全て持っていた、と一般的に考えられています。事実、現存する魚をみると、サメ、エイ、Toadfish (MDIBL Origins of renal physiology (GFR))、 Lungfish (Extremophiles)などはornithine-urea サイクルを使い尿素を産生しますが、サケ、バス、コイなどはornithine-urea サイクルに関わる遺伝子の一部に欠損があり機能していません。各種魚の出現時期と、機能しているornithine-urea サイクルの有無には一定の関係がなく、水中ではアンモニアの排泄で間に合っていたために、ornithine-urea サイクルが欠損しても生存に影響を及ぼさなかったのかもしれません。ちなみに、多くの一般的な魚(bony fish)は尿酸、allantoin経由で尿素を産生することもできますが、メインの排泄経路ではありません。また、我々人間はuricaseを欠いているので、この経路からの尿素産生はしていません。

波戸 岳
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Professional Development Seminar (その2)

医療やサイエンスはきわめて発展の早い分野ですが、それに携わる科学者や医師の多くは時代遅れのアプローチを取っていることが多いことに警鐘を鳴らすレクチャーがありました。サイエンスとビジネスにおけるイノヴェーションは同等のレベルで考えていないことが多いわけですが、その最大の理由は医師は多少生産性が悪くても職を失わないからなのだと個人的に思います。
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科学者に必要なinnovation/motivationに関してDan PinkがTEDで面白いプレゼンをしていますのでみてください。あるアイデアから始まり、実験、薬の開発、治験、実用化とサイエンスはもはや独立した分野ではなく、ビジネスと大きくかかわっています。遺伝学や臨床治験データなど膨大な情報量の共有、実験は同時に多数の人間とコラボレーションをし、その行程を場合によってはアウトソースしたりする。ボスから与えられた研究テーマを地道に一人ラボで行うのは21世紀のアプローチではなくなっているのかも知れません。発展する科学をリードする科学者に必要なのは1) Autonomy (自主性) 2) Mastery (精通性) 3) Purpose (目的)をしっかりと備えていること。そしてこのプレゼンでも繰り返し出てきますが ”There is a mismatch in what science knows and what business does”というのは事実かもしれません。

実際、医師や科学者がinnovativeになるにはどうしたらよいかということに関しては難しいのですが、ここでも出てくるグーグルの話は我々にとって大事な要素だと思います。グーグル社員は勤務時間の20%を“仕事と全く関係のない”ことに費やすようになっていて、実際、彼らの新しいアプリケーションやアイデアの半分はこの20%の“全く関係のない”時間から生まれているそうです。日々の診療や研究に忙殺されている医師や科学者にとって容易な課題ではないのですが、世界経済が落ち込み、リサーチに費やされるお金もカットされている今、"innovative mind" を持ち続けることは大変重要なことだと思います。

T.S
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Nitrogenous end products (part 1)

たんぱく質は、細胞の形態維持から酵素まで、生命の全ての局面において重要な働きを担っています。事実proteinとはギリシャ語でforemostを意味します。今回は、たんぱく質、アミノ酸代謝から生じる窒素の排泄に焦点をあててみたいと思います。アミノ酸代謝が糖、脂肪代謝と異なる点のひとつに、我々はアミノ酸を将来のために貯蓄することができないことがあげられます。余分な糖は肝臓、余分な脂肪は脂肪組織に貯蓄されるのに対し、血液中を循環している不要なアミノ酸(窒素)は捨てられる運命にあります。
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我々人間は、ornithine-urea サイクル経由で産生された尿素を介して、窒素の大部分を排泄します。核酸プリン体はアミノ酸と代謝経路が異なり、尿酸として排泄されますが、絶対量は多くありません。大部分(95%) の窒素排泄物はたんぱく質、アミノ酸由来です。もちろんクレアチニンなど他の物質としての窒素排泄も存在しますが、絶対量は微量です。他の動物に目をむけると、クモやダニなどはguanineとして排泄したり、ダンゴムシ(pillbug)のようにアンモニアガスを噴出したり珍しいものもいます。しかしながら、広く一般的に動物の窒素排泄方法は、以下の3つにまとめることができます。
1.アンモニア/アンモニウム、2. 尿素、3. 尿酸

1.アンモニア/アンモニウム
最も原始的な排泄方法です。周知のとおり、アンモニア/アンモニウムは体に蓄積すると有害です。理由の一つとして、アンモニウムとカリウムは水の中で似た特性を持つために、Na-K-ATPaseを含めたトランスポーターに非特異的に入り込み、その結果、特に脳神経細胞において問題となります。“似た特性”というのはionic radius, hydrodynamic radius, mobility to H2Oなどを指し、私の理解の範囲を超えます。アンモニアそのものの毒性よりも、アンモニア過多によりglutamateとalpha-ketoglutarate間の反応のバランスがglutamateに傾くことがトラブルの原因ともよく言われています。例えば、1)glutamateが浸透圧物質として作用すること、2)glutamateが脳のNMDAレセプターを刺激すること、 3)TCAサイクルの一物質であるketoglutarate減少によるATP欠乏、などがあげられます。

アンモニアはトラブルのもとにもかかわらず、多くの魚にとって、アンモニアが窒素の最終代謝産物です。理由は1)アンモニアは尿酸や尿素をつくるよりもエネルギー効率が良いこと(少ないATPで産生可能)、2)魚は水中で生活するので、常に鰓からアンモニアが拡散するため、体内への蓄積が抑えられる、の2点があげられます。魚は哺乳類よりはるかに高濃度のアンモニアに耐えられる、といわれていますが(2 mM versus 50 uM/L)、臨床的意義は不明です。
上記のアンモニウムとカリウムの類似性は、必ずしもネガティブな影響を及ぼすわけではありません。腎臓の近位尿細管でつくられたアンモニアが遠位尿細管にたどりつくためにも、アンモニウムとカリウムの互換性が利用されていると考えられています

次回は2.尿素、3.尿酸についてふれてみます。

波戸 岳
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Professional Development Seminar (その1)

先日アメリカ腎臓学会のプレコースの一つのProfessional Development Seminarに参加しました。2日間にわたって、「Nephrologistとしてのキャリアの作り方」を中心にいろいろdiscussionされました。腎臓内科医として中長期キャリアプランの立て方、clinician scientist/clinical educator/private practiceの選択 、グラントの仕組み、リーダーシップ/innovation、面接で必要なこと、論文やグラントの書き方、プロモーションに必要な要素、contractやsalaryの交渉術など含め、多くの分野についてレクチャーや小さなグループセッションがありなかなか良い経験でした。また1:1mentoringといって、各参加者が経験のあるmentorたちと個人的に面談をし、自分のCVや将来のvisionについてカウンセリングを受けられるセッションもありました。

腎臓内科は以前にも書きましたが、米国では比較的人気のない分野になっています。理由はたくさんありますが、驚くことに多くの人は進路決定を医学生のうちにするということです。腎臓内科を考慮したが最終的に選択しなかった人の多くには「腎臓生理がわからない」「透析は複雑」といった意見が多いそうです。腎臓内科医に限りませんが、医師は学生や研修医を「教え方」を正式に教わりません。「~がよくわからない」という学生や研修医のレスポンスの理由の一因は教える側にも少しあるのかなと思いました。医師のためのフォーマルな「教え方」に関するトレーニングがResidencyやFellowship中にあってもいいのかもしれません。
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プロモーションに関してアメリカははっきりしていますね。教授(準教授)になるには1)…2)…と事細かにどの大学(病院)のwebsiteに書いてあります。日本ではないですよね。どのような基準で選抜されているか不透明な日本の教授選と違って、アメリカはわかりやすいですしfairです。こちらではCVに年齢を書く必要もありませんし、promotionの要素を満たしていれば誰でもeligibleなわけで、年功序列はありません。アメリカは日本の医局制度と違いがあるのも関係していると思います。私のいる大学の腎臓内科プログラムは小~中規模ですが、教授、准教授それぞれ6人、講師はその倍程度ですから、教授1人、準教授2人…とピラミッド型の日本の医局とはまったく違います。また最近はclinical educatorなどがclinician scientistと同等な位置づけにどこの施設でもなりつつありますが、彼ら「教えること」がメインの人たちを正当に評価することがいろいろなプログラムで課題となっています。次回はこのセミナーでいろいろ議論された「医師/科学者がinnovativeであるには」について書いてみます。

T.S
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