先日うけたコンサルトの中から一例紹介します。
55歳女性、既往歴なし、一昨日からの呼吸苦を主訴に来院。一ヶ月ほど前より、急な体重増加と下腿の浮腫もあり。尿たんぱくクレアチニン比は10以上。血尿なし。血清クレアチニン値は0.7 mg/dl、血清アルブミン1.2g/dL。造影CTにて広範囲に及ぶ肺梗塞と腎臓静脈血栓が判明し、同日入院となりました。抗凝固薬がプライマリーチームによって開始され、この時点で腎臓内科コンサルトをうけました。さて、この時点で最も考えられる診断は何でしょう?また、この時点でどのようなマネージメントをとりますか?

Nephrotic syndromeに肺梗塞、腎静脈血栓を合併していることから、膜性腎症が強く疑われます。理由は明らかではありませんが、膜性腎症では血栓を高率に合併することが知られています。もちろんこの症例が、他の腎症である可能性はありますが、確率的にはずいぶん低くなります。
スペースの都合上詳細は省かせていただきますが、この症例において、病歴、身体所見、血液検査等に、特記すべき所見はありませんでした。血液検査は、ANA, C3, C4, anti-phospholipid antibody, SPEP/UPEP, free light chain, hepatitis, HIV などすべて陰性でした。糖尿病もありません。二次性の膜性腎症として、悪性腫瘍、薬剤、感染症を常に考慮する必要がありまが、この症例において、それらを疑わせる所見もありませんでした。彼女は半年前に消化管内視鏡、マンモグラムなどのスクリーニングをうけており、今回のCT結果も含めて、腫瘍は否定的です(65歳以上の男性に限れば、20-30%で腫瘍が関与していると報告されています)。薬剤、感染症も否定的です。
さて、コンサルトにうけた際には、確定診断の有無にかかわらず、現時点でのrecommendationを提示することは、とても大切です。どのようなマネージメントを選択するかは、意見が分かれるところですが、ここにいくつかオプションをあげてみます。
1. 抗凝固薬を一時中止して数日後に腎生検する
1-a: 診断がついたら、腎生検の結果に基づいて治療(ステロイドなど)を開始する
1-b: 腎生検の結果が実際に膜性腎症だったら、しばらく治療せずに様子をみる(ステロイドなどを使わず抗凝固薬とACEI/ARBのみ)
2. 抗凝固薬を継続し、腎生検は行わない(急性期の肺梗塞、腎静脈血栓の治療を優先)。
2-a: 抗凝固薬とACEI/ARBでしばらく様子をみる
2-b: 今empiricalに治療(ステロイドなど)を開始する
腎生検と抗凝固療法中断/再開の、リスク、ベネフィットをどう判断するかで、個人差がでてくるところですが、我々はこのケースで2-bを選択しました。治療薬はステロイド単剤を選択しました。病歴、血液検査などから膜性腎症である可能性が非常に強く、しかも腫瘍や感染症など二次性を疑わせる所見もないため、empiricalに治療を開始するのは妥当だろうと考えました。今後のプランとしては、外来で2ヶ月ほど抗凝固薬を継続し、再度CTをとり、血栓が消失していたら、その時点で抗凝固薬を一時中止して、腎生検をして診断を確定することとしました。治療開始数ヵ月後でも、膜性腎症の組織診断は十分に可能です。
もしもこのケースが、血栓症を伴わず、大量の蛋白尿だけのケースであれば、診断をつけるために現時点で腎生検を試みたと思います。さらに、その腎生検結果が膜性腎症であれば、自然寛解を期待して、しばらくACEI/ARBのみで様子をみるのもリーズナブルだと思います。
我々はステロイド単剤を選択し、他の免疫抑制剤を加えませんでしたが、これも個人、施設間、もしくは国によってかなり温度差があります。ステロイドと併用する薬として、米国ではcyclosporine, prografが好んで使用され、ヨーロッパではcyclophosphamide (Ponticelli regimen)です。 ACTHやrituximabも小さなスタディーですが、ポジティブな結果がいくつか報告されています。
ちなみに、今回、腎生検査をしないかわりに、血液検体をBoston University Dr. Salantらのグループに送り、anti-phospholipase A2 receptor (PLA2R) 自己抗体を測定してもらうことにしました。Idiopathic の膜性腎症ではPLA2R抗体が8割近くで陽性になり、治療に反応して抗体値が低下することが報告されています。(
NEJM,
NEJM,
JASN) まだPLA2Rの臨床的な意義、有用性は定まっていませんが、腎生検査をためらう今回のようなケースにおいて、今後広く利用されるようになるかもしれません。
波戸 岳