酸塩基平衡(1)

人はたくさんの酸を産生するため絶えずそれと戦っているようなものです。人はその酸を中和して、体外へ排出するシステムがあります。このシステムが崩れると、体は酸性に傾きアシドーシスという状態を作る一方、反対に体がアルカリ性に傾き、アルカローシスという状態になることもまれにあります。何回かに分けてこの酸塩基平衡のシステムについて書いてみようかと思います。
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人が生きていくためには食事をとるわけですが、炭水化物や脂肪、タンパク質の代謝から酸が作られます。酸は2つあって
1) 揮発性の酸(最終代謝物が炭酸になるものでCO2として呼吸で排出される)と
2) 不揮発性の酸(主に含硫アミノ酸の酸化による)

にわかれます。人は揮発性酸をCO2換算で 一日に15,000mmolも作りますが、呼吸を普通にしている限りほとんど肺から出て行きます。その一方、不揮発性酸は主にタンパク質の代謝によるものですが、一日当たり50-100mEq前後のH+となります。

これら酸が絶えず産生されているにもかかわらず、血中のpHは7.40と安定しています。pHはH+のことでpH=-log[H+]で表わされます。pH7.4は血中の[H+]濃度に換算すると40ナノmol/Lと一日に人が産生する不揮発性酸の100万分の1程度の濃度です!
血中の[H+] 濃度が多くのH+産生にかかわらず、ほとんど変化しない理由は、HCO3-による緩衝システムが大きく関与しているためです。次回はHCO3-の緩衝システムについてです。

T.S

CKD外来でみること

CKD外来で患者さんを見る際どういったことをチェックするべきかはわかっているようではっきりと教えてもらっていない人達もいるかと思います。
米国では大きくわけて3つに着目します。
1) 腎臓
2) 貧血
3) 骨
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1)ですが5つのことを必ずチェックし明記します。

a) CKDのステージと原疾患
b) 進行具合
c) 血圧やvolume status
d) 電解質異常の有無
e) 酸塩基平衡異常の有無

2)ですが鉄欠乏性貧血と腎性貧血の理解です。まず鉄欠乏性貧血があるかをみます(transferrin saturation (TSAT)>20%、ferritin>100ng/ml)?そうなら鉄の経口かIV補充(最近のKDIGO ではTSAT<30%でferritin<500ng/mlなら開始しても良いとある)。経口の場合3ヶ月投与してもHbが改善しない場合はhepcidinなどによる腸管での吸収障害が考えられるのでIVに切り替える。それでもHb<9g/dlを切る場合はエリスロポエチンを開始。Hb 10g/dlを超えないようにする。

3)ですがまずリンが正常がどうか?高ければリン吸着薬を投与。Caが高ければ非Caリン吸着薬を使用。次にPTH を測定。高ければTotal Vitamin D(25-Hydroxy vitamin D)を測定。Total vitamin D欠乏(vitamin D deficiency <30ng/ml)ならvitamin D3 (cholecalciferol、2000unit/day程度) かvitamin D2(ergocalciferol、50000units/2weeks)の補充。Vitamin D insufficiency (<50ng/ml?)に関してははっきりしていませんが私は補充しています。それでもPTHが高い場合(high turnover bone、CKD のstage 別にターゲットレベルが推奨(Stage3(35-70)stage 4 (70-110), stage 5(110-300)とKDOQIには記載)されているのでそれにそって1,25-dihydroxy vitamin D3(Calcitriol)の投与を行います。(最近のKDIGOではまた違うことが書かれています:意見レベル)。注意するべきことは、高Ca血症とPTH を下げすぎて不可逆的なadynamic boneを起こさないことです。

以上、CKD 外来で最低限みることをまとめました。
T.S

The More the Better?

一般に透析量が多いほうが、少ないよりも予後が良いと考えられています。その根拠となる代表的なスタディーとして2010年にNEJMに発表されたFHNトライアルがあげられます。(1)
最近、同FHNトライアルグループがKidney Internationalにcontroversialなデータを出しました。Frequent hemodialysis(週6回透析)は、週3回の通常透析よりも、残腎機能の低下に至る、という結論です。
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透析導入後も残腎機能を維持することは、様々な合併症を減らすうえで重要です。また、一部の医療従事者の中には、透析はすればするほど良いという信仰があるのも否めません。ゆえに、このFHNのデータはきちんと吟味される必要があると思います。
頻繁透析が残腎機能の低下に至る原因は”よくわからない”とのことで、もしかしたら長時間透析中に(記録されてはいないが)血圧が下がっていたのではないか云々、と憶測が書かれています。個人的には透析で老廃物だけでなく腎臓を保護する物質まで透析で取り除いてしまったのでは?と妄想してしまいます。

波戸 岳

Salt and Beyond

塩分過剰摂取は高血圧をはじめとする様々な病態に関係していますが、塩分過剰は免疫系にまで影響するそうです。
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最近のNatureジャーナルに、塩分過多が免疫細胞に影響を及ぼすことを、2つのグループが報告しています。どちらのグループも、Na+濃度を血中正常値から少し上げると、炎症に関わるTH17細胞が増えることを示し、その結果、Na摂取過剰が免疫疾患に寄与する可能性を示唆しています。[文献1, 文献2] この論文を読んで知ったのですが、血中のNa+の濃度は140 mMであるのに対し、間質、リンパ組織ではNa+濃度は160 mMから250 mMなのだそうです。この濃度の違いははたして、体内でのリンパ球の活動に直接影響を及ぼしているのでしょうか?
他の病態においては、Na+だけでなくCl-も強く関与しているかもしれません。 特に昨年末にJAMAに発表された論文では、生理食塩水(Cl- unrestricted)か”Cl- restrictive IV fluid” (Lactate Ringerなど)を使用した場合での腎不全発生との関係を調べており、興味深いものがあります。

波戸 岳

教育方法の違い

日本の大学入試の多くは点数至上主義に代表されるように、一発入試で良い点数を取れば合格。一方でアメリカの大学入試は、学校での成績、共通試験の点数のほか、ボランティアを含めた学外活動の経験、校内外での賞の有無そして入学後にどうしたいかやどう貢献できるかなどをエッセイや面接を通して表現できるか?ということが大きな判断基準になります。日本でのみ教育を受けてくるとこういった米国式の選抜方法に対応出来ません。どうしてでしょうか。
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教育法には「pedagogy 」と「andragogy」があります。前者は「権威依存型、つまり先生に大きく依存し、通常教室での集団教育を特徴とし、生徒個人の経験はそれほど大事ではなく、subject centoredすなわち、生徒は「What should I know?」というスタンスをうみます。悪い言い方をすると、試験に出るsubjectを探し、それ以上のことを考えようとしない状況を生む可能性があります。Pedagogyは教育上必要な過程ですが、基本的には低年齢層への教育方法です。一方andragogyは、生徒に独立性をもたせ、教育の場では教える方も教わる方も平等、少人数での対話を含み、生徒は問題提起によりモチベーションを覚え、個々の経験は非常に重要な学習のリソースとなり、そこからproblemを見出し、performance centoredすなわち「what do I do?」という状況をうみます。この環境を作ると生徒は次から次へと問題提起し学んでいけるのです。これが高等教育以上に必要とされる教授方です。

教育現場には「pedagogy 」と「andragogy」両方必要ですが、米国の良い学校ではこの後者の教育方法が小学生レベルですでに導入されていることが多く、こういった生徒は高校を卒業するころには、知識の習得と理解におわることなく、それをどう自分へ適応していき、どう自己分析および評価していくなど、幅の広い能力や技能を身に付けられる可能性があります。Ivyリーグに代表されるような良い大学に入るためにはこのandragologicalな環境での教育を受けることは非常に大事で、日本の多くの学校ではないことです。これが日本と欧米の学生のレベルのcreativityに差を生むひとつの要因であると思いますし、日本の教育のきわめて大きな欠点であると思います。

あと数年で開校すると言われているハーバード大学レベルでかつ学費が半分以下のオンライン大学Minerva Projectは世界からエリートを選抜し未来のリーダーを育成しようとする個人的にとても注目しているプロジェクトです。ここはまさにandragogyを重視した大学で、知識詰め込み型の教育を受けた人たちには難関となるでしょう。

T.S

腎臓内科医がいなくなる?

腎臓内科のフェローシッププログラムは全米で148あり400以上のポジションがあります。2013年7月スタートのポジションを見るとマッチング率が77%だったそうです。この内訳をみるとAMG(アメリカ医学部卒)は25%程度でほとんどがIMG(外国医学部卒)であることがわかります。AMGはみなマッチしそうなものですが、高望みをしすぎたのか、驚くことにマッチしなかった人の6%はAMGだったそうです。ただし全体として、腎臓内科医になろうとする人は主にIMGであることがわかります。http://www.nrmp.org/
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ところが最近医学部の増設がどんどん進んでいることと、経営悪化などの理由から病院が閉鎖されレジデンシーポジションが減少していることにより、なんと2015年にはAMGの数が米国のPGY1レジデンシーポジションの数を上回ると見られています(文献)。IMGにとって臨床留学への門がますます狭くなる一方、専門研修を行うためには、レジデンシーを前もって行うので、腎臓内科のようにIMGに大きく依存するsubspecialtyは今後どうなるのかまったく予想がつきません。

プライマリーケアやER医はもっと必要とされている中、最近の内科レジデンシー修了後の進路で人気なのが入院患者を専門にみるhospitalistです。多くは7 days on 7 days offというスタイル。12時間勤務を7日連続して7日offになる。良さはOnとoffがしっかりしていることですが、患者数によっては非常に大変で、12時間で終わらないことも多々あり、精神的にも体力的にもかなりきつい仕事であると経験者は語ります。

研修制度はどこも良さ悪さがあるわけですが、アメリカの学生の人気がいくつかの科に集中していることや医学部の増設に伴う研修の質の低下が懸念されるなど、アメリカの臨床研修制度には問題がたくさんあります。

T.S

臨床研究の難しさ

昨年発表されたTempoスタディーはTolvaptan(V2R antagonist)が多発性のう胞腎の治療に有効性がみられたというもので、腎臓の分野ではとても明るい話題だったと思います。臨床試験が中止されず、かつpositive resultが見られることは非常に難しいのです。臨床医なら大事な臨床試験の結果はどうであれ知りたいと思いますが、クリニカルトライアルは現在、clinicaltrials.govへの登録が必須になっているにもかかわらず、その半分以上は様々な理由から出版に至りません。これは驚くことに、NIHスポンサーのトライアルでも同様の事が言われています。
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治験薬の有効性がないため試験半ばで中断された例として上記のTempoとともに発表されたAltitudeスタディー
を見てみます。レニン・アンジオテンシン系阻害が糖尿病性腎症の進展を遅延させることはここで書きましたが、この試験は8000人以上にも及ぶ糖尿病患者にレニン阻害薬(aliskiren)を、ACE阻害薬やアンジオテンシン受容体阻害薬(ARB)に加え投与した場合とそうでない場合とで比較しました。結果は残念ながら併用したグループの方が生命予後、心血管系、腎臓のイヴェントすべてにおいて悪化の傾向があるということから試験は中止されました。ただしこの結果をよく見てみると、レニン阻害薬はその働きをしっかりと果たしているのです。このsupplementのfigureS3をみるとレニン阻害薬を加えることで血圧は下がり、カリウムは上がり、蛋白尿も下げたのですが、腎機能の改善に至らずむしろ心血管系イヴェントを増加させてしまったわけです。

数々の研究とスクリーニングを経てBenchから臨床試験へと登場する薬たちですが、このように細胞や動物、人での小さな臨床研究で効果が見られても、大きな臨床試験で使用するとその利点みられないということは多々あります。今回のstudyではレニン阻害薬を加えた薬効が本当になかったのか?とういう質問の答えはでないでしょう。しかしstudyデザインは本当に良かったのかということは次につなげるためにも議論の余地がある気がします。いままでのpreliminaryデータからAliskirenは糖尿病性腎症で良好な短期成績を収めていました。薬の拡大適応を狙った策からか、腎機能も血圧も蛋白尿も正常に近い人もこの試験では含まれていることを考えると患者層を広げすぎた可能性はあります。すなわち、正常の腎機能患者にあえて2剤もRAS系阻害薬を投与するべきかということです。ACE阻害薬・ARBに加え、レニン阻害薬の追加効果を最も必要としているのは蛋白尿の多いネフローゼ症候群の患者さんだと思います。正直、腎臓内科医としてはこの患者層へのレニン阻害薬の追加効果を知りたいですよね。残念なことに一般的に、ここまで時間・労力・お金をつぎ込んだ大きなネガティブトライアルのあとに、こういった小さな患者層に臨床試験を行うことはまずないと考えられます。FDAがこの薬にブラックボックス警告を設定してしまうと、使用すらできなくなってしまう恐れがあります。
治療薬の開発と臨床への適応はとても難しいです。

T.S

日経おすすめ記事

日本の若者たちよ、慣れ親しんだ環境から世界へ出よう
MITメディアラボ 石井裕さんインタビュー


http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK0700O_X00C13A1000000/

日経新聞からとても良い内容ですのでぜひ読んでみてください。

日本からの留学生が減少しているのは、外へ出る必要性を感じないことが大きな原因ですがこのぬるま湯環境は今後、冷え風呂になる可能性もあり、その時にあたふたしても遅いわけです。

この記事の中で特に共感するのが
「MITでは女子が半分以上を占め、教授にしても、できるだけ多様な人種に対して広く門戸を開こうと努力しており、同じ実力であれば積極的に女性や黒人、全く異なる世界から来た人などマイノリティーを採用する。価値観の異なる人々がぶつかることで、知の創造性が活性化されるという信念を持っていて、
同じような考え方の人がいくら集まっても変革は起こらない」ということ。そして、200年後を考えて働く。はるか先の未来を考えながら仕事をして、時空を超えることで、単に忙しいだけの日々から逃れられます。スケールの違う考え方で身が引き締まる思いです。
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日本の若い人たちは、ぬるま湯にはあえてつからず、多様な文化、人種、価値観の混在する環境に身を置き、広く柔軟な考え方や感性を磨くことが大切です。そういった研ぎ澄まされた感性は、変化の激しい今の時代への適応能力を向上し、かつ未来を冷静に見据える要素につながるのだと思います。

T.S

Scientific writing II

昨年読んだ本の中からおすすめが2冊あります。二つともライティングに関するものです。この手の本は、表面的であったり、文法の教科書のようなつまらないものが多いのですが、この二冊は別格です。サイエンスに限らず、英語で書く技術があがることが実感できます。ぜひチェックしてください。

Writing Science: How to Write Papers That Get Cited and Proposals That Get Funded
Joshua Schimel

Scientific Writing = Thinking in Words
David Lindsay


波戸 岳

The frog in the well (2)

今回は大学の人材育成に関する根本的な違いについて触れておきたいと思います。米国のシステムを知れば知るほど、日本のピラミッド型の医局体制は、勤務環境としては理想とかけ離れているように感じられます。少し悪い言い方をすれば、日本の医学部は既存の体制維持のために若い学生や医師を「洗脳」します。組織の中に、「若い人は育ててもらっている立場なのだから、多忙・薄給・地方勤務を含めた職場環境や教育に関しては文句を言わせない、言ってはいけない」とういう暗黙の了解が築かれてしまうのです。個人の才能や特技、個性などといったものは、組織にとってはある意味「二の次」という認識なのでしょう。若い一個人がその組織にとってどのような形で貢献できるか、という視点で見た場合、極端な話、組織としては彼らが真面目に働くかどうか以外にはあまり関心がないわけです。
それに対し米国では、面接の際に「あなた自身が組織に与えられるものは何か」という質問をされることが多いです。これは米国の医学部に入学するためには四年制大学卒業の資格が必須であり、日本の医学生に比べて他分野での経験が予め多いということも影響しているかも知れません。組織に自分をアピールすることは、自己主張が苦手とされる日本人にとって大変なことですが、大切なことは以下の二点に尽きます。
① 「自分はその組織からどのようなことを得ることができ、またどうやって自分の良さを伸ばせるか」を考える。
② 「自分が他人より秀でている点を明確にし、それをその組織にどのように還元できるか」ということを言葉でしっかりと表現する。
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人材育成についてもう一つ付け加えるとすれば、米国はキャリア育成に関して進んでいます。米国の大学にも「教授・准教授」等のランクはありますが、facultyの数が多く、年功序列の要素が少なく、昇進の基準さえ満たせばどんどん伸びるチャンスがあります。具体的には、研修中からjunior facultyレベルまで必ずメンターがつき、日々の診療をはじめ教育・研究・グラント申請まで様々な場面で助言と協力を得られるのです。「どのようにしてその人を伸ばそうか」という働きかけが、組織をあげて行われているわけです。そして大学の研修プログラムは、「こんなに素晴らしく育てた人材ですので、きっとそちらでも活躍してくれることでしょう」とtraineeを他の大学や組織に送りだすことに誇りを持っています。と同時に、どの大学も期待に応えられる優秀な研修医やfacultyを常に探しています。人材の入れ替わりは組織に新しい風を吹き込み、それによって組織が更に強くなることを実によく心得ているからなのです。
日本では多くの場合、その逆ではないでしょうか。何年勤務しても、またどんなに尽力を注いだとしても、その組織を離れる際には「これだけ教えてやったのに、他に移るのか?」と非難を受けるケースも多いと聞きます。このような日米の組織の違いをどう捉えるかは皆さん次第です。日本でも、このような情報が入るにつれ、既存のシステムの異常に気付いて組織を変えようとする人・組織を離れる人・気付かない人・気付いても圧力に勝てずに流されてしまう人、など個人の対応は様々になっていくでしょう。既存の異常は「外から見るとより良くわかる」場合が多いですので、これを読んで下さった学生や若い医師の方々はぜひ一度は日本を出て(理想的には背中に紐がついていない状態で)、視野を広げてみてください。今こそ蛙も井戸を飛び出す時です!

T.S
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