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Pendrin

Board Question
専門医試験では日常的に経験する疾患が広く問われるとともに、一生出くわさないであろう疾患も時々問われます。今回はそんな稀な疾患の一例です。

20歳女性、全身の脱力感を主訴に救急外来受診。既往にthyroid goiter。また、幼少時より難聴あり。数週間前に耳鼻科にて内リンパ水腫を指摘されhydrochlorothiazideを処方された。救急外来受診時血液検査:Na Na 130 mEq/L, K 2.0 mEq/L, Cl 80, HCO3 38 mEq/L, BUN 30 mg/dl, creatinine 1 mg/dl. 起立性低血圧あり。さて診断は?
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Pendred syndrome。Pendrin (Cl-HCO3 exhanger)の変異が原因でおこります(Nat Gnet, PNAS)。Pendrinの変異が甲状腺のI-のトランスポート異常や内耳リンパの酸性化をおこし、goiterや難聴にいたるといわれています。Pendrinは、腎臓においてはbeta-intercalated cellsのapical side(尿側)に発現しています。Alpha-intercalated cellsのbasolateral side(血管側)にもCl-HCO3 exchangerが存在しますが、分子レベルではPendrinと異なります。Pendrinは遠位ネフロンにてCl-の再吸収に重要な役割を果たしていると考えられていますが、Pendred syndromeの患者は通常、電解質異常をきたしません。Beta-intercalated cellsのCl-HCO3 exchangeの不全はparacellular pathwayや他のチャンネル・トランスポーターによって代償されているからだと推測されています。しかし、サイアザイドやループ利尿剤などでストレス(ボリュームのロス)がかかった際には、遠位ネフロンでのCl-の再吸収の代償ができず、上記症例のように呈することがあります。

いくつかのグループが高血圧の観点からPendrinとepithelial sodium channel (ENaC)の関係に注目して研究をおこなっています。例えば、アルドステロン投与によりENaC活性を刺激した際に、PendrinノックアウトマウスはENaCが十分に活性化されず、結果、ボリューム増加や高血圧をきたしません(Hypertension)。PendrinとENaCは相互に影響しあっていますが、Pendrinはbeta-intercalated cells、ENaCはprincipal cellsと、別々の細胞上に発現しており、どのようにcross-talkが行われているかは解明されていません(JASN, JASN, AJP Renal)。

臨床上、NaCl過多で高血圧がおこりますが、NaHCO3負荷では高血圧がおこりにくいことが知られています(NEJM, Science, J Hypertens, J Hypertens)。PendrinによるClの調整がこの現象に関係しているのではないか、と推測している人もいるようです。理由は以下のようです。
NaClを投与した場合、ENaCを介したNaが再吸収がおこるとともに、electroneutralityを保つためにPendrinを介したtranscellularなClの再吸収もパラレルにおこります。一方、NaHCO3を投与した場合、Pendrin経由のClの再吸収がおこらないので、ENaCによるNaの再吸収も結果制限されます。上記説明は現段階では根拠に乏しく、あくまで仮説です。NaCl負荷はPendrinを抑制し、逆にHCO3負荷はPendrin発現を増加させるので、長期的なPendrinの血圧やボリュームに対する影響は不明です。

波戸 岳
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