例えば、私のいる施設は腎移植を年間80件弱おこなっています。直近の腎臓1年生着率の全国平均は96.5%でした。つまり、移植後1年未満のグラフトロス(移植腎廃絶)を3件未満に抑える必要があります。当施設では同一ドナーから2個腎臓を2人のレシピエントに移植することが多く(mate kidney),これらレシピエントの腎機能はほぼ同じ経過を辿ります。うまくいった場合はいいのですが、質の悪い腎臓だと一気に2件グラフトロスを生む可能性があり、その時点でもう後がない、ということになるわけです。結果、当施設を含めた小中規模の移植センターは質が微妙な臓器の応需には極めて慎重にならざるを得ず、患者の移植待機時間は長くなる傾向にあります。
一方、大規模な移植センターでは移植件数の母数が多いため、1件あたりのグラフトロス/患者死亡が成績に与える影響はそこまで大きくありません。グラフトロスはそう簡単には起こりませんから、どんどんハイリスク症例に手を出すわけです。これが悪いことかというと必ずしもそうではありません。以前述べたように透析患者の予後が極めて悪い米国では、腎移植を「生活の質を上げるオプションとしての治療」というより、「絶対的に必要な救命医療」ととらえている側面があります。極端ですが、短期間でも透析を中止できるのならそれで万々歳、ということです。
しかし、患者さんにとってはどうでしょうか。
例を挙げてみます。67歳のAさんは3年間の腹膜透析歴があります。透析自体は問題なく行えていますが生活の質をあげたいと考え、移植を希望することにしました。Aさんの住む州には2つの移植センターBとCがあります。移植センターBは大規模センターで、移植センターCは小規模です。SRTRのウェブサイトでは、移植センターBはCと比べ件数が格段に多く、移植を早く受けられ、BとCの“1年腎生着率”は同等と示されていました。AさんはBとCの両施設に登録することにしました。1年後、センターBから腎臓が見つかったと連絡があり、そこで移植を受けることにしました。移植当日、腎臓自体は到着していましたが移植手術件数が立て込んでいたため、手術が行われたのは予定時刻の10時間後でした。術後合併症はありませんでしたが腎機能は芳しくなく、残念ながら1年半後に透析再導入となりました。腹膜透析カテーテルは移植時に抜去されていたので血液透析になりました。慣れない透析なので大変です。再移植を希望していますが、移植後の免疫感作によりCPRAが98まで上昇し、10年近く待つ可能性が高いと告げられました。
どうでしょうか。これは架空の例ですが、似たようなケースは数多く経験します。
移植件数が多いセンターは経験豊富なので、行き届いたケアが得られ、よい腎臓がもらえると思われがちですが、必ずしもそうではありません。移植件数が立て込んだ場合は手術が遅れるのでそれだけ腎臓の質が落ちますし、ハイリスク症例が多いと合併症も増えます。忙しいのでどうしても流れ作業になりがちですから、患者の満足度は必ずしも高くないのが実情です(これは私だけの主観ではなく、他の施設でも同様な傾向にあると確認をとっているので蓋然性が高いです)。
このように、移植に懸ける患者の期待と実際に起こることの間には大きな隔たりがあります。そのギャップを埋めるべく、移植評価外来では言葉を尽くして説明するのですが、移植がうまくいかなかった時の落胆は大きく、患者医療者ともにストレスを抱えることが多いです。
透析医療は高額であり、医療財政逼迫が全世界で問題視されています。米国政府は、出来るだけ多くの移植を行うようUNOSにプレッシャーをかけ続けています。しかし、野放図に移植を行っていてはプログラムの成績が悪くなりますから、質の微妙な腎臓については、適当な理由を付してオファーを断らざるを得ないのが実情です。
いい機会ですので、次回はさらに踏み込んで米国腎移植の内情についてお話します。
GU
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