「日米腎臓内科ネット」活動ブログ

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透析をやめるとき

余命6ヶ月といわれた癌患者に積極的な治療でなく緩和医療(palliative care)をオファーすることに抵抗は少ないと思いますが、余命が同程度と思われるESRD(末期腎不全)患者に透析を提供しないまたは透析をやめることに抵抗を感じる人は多いと思います。
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USRDSの統計によるとアメリカでは様々な理由から透析を行っている5人に1人の割合で透析から離脱しています。これは驚くことにESRDの死亡原因の3位(カナダでは2位)に値する高い数字です。この中にはおそらく腎不全以外の理由で延命治療を施さない一環で透析を中止する人も含まれていると思いますが、それでも日本では透析を中止する割合が<1%と極端に低い数字ですのでその差は大きいです。尊厳死が認められていないことと死生観のちがいが大きな要因でしょうが「治療があるなら施すべき」ではなく適切かどうかを考えることが重要です。ESRDのみならず急性腎不全でもそうですが、透析がその人の生命予後を改善しないもしくquality of life (QOL)の悪化が予想される場合、また身体的に透析を受けることが困難な場合は適切でないと判断するべきです。透析をオファーしないもしくは中止する理由としては、重度の痴呆、意識不明患者、末期の心肺疾患、重度の精神疾患、ペインコントロールが困難な状態、多臓器不全、末期AIDSなどが上げられます。人が病気で亡くなるパターンはこの図にあるように3つあるといわれます。癌患者のようにそれまで問題なく経過してきたが病気とともに急激な身体機能低下をきたす場合。心不全など状態の悪化や回復を繰り返しながら徐々に身体機能が低下する場合。最後に痴呆や老衰などに時間とともに少しづつ身体機能が低下していく場合です。ESRDがどこに入るかは難しいところですが、矢印のあるところで我々はある決断を迫られます。これがESRDの場合、癌と違い判断が容易ではないことは事実ですが、欧米では透析の開始と離脱に関してガイドライン(米国英国)があります。

米国の腎臓内科フェローシッププログラムで透析の離脱教育をカリキュラムに組み入れている施設もあるようですがそう多くはないと思います。私の研修した施設ではフォーマルな指導はありませんでしたが指導医によっては積極的に行うことがありました。一般的にESRDの透析からの離脱はガイドラインにもあるようにShared decision makingに基づくことです。つまり複数の医療従事者が病気の予後に関してまとめた専門的な意見や推奨を患者の死生観や価値観を含めて本人としっかり話し合い最終合意に達すること。また本人が意思表示できない場合は代理人がこの役割を担います。米国では一般的ですがadvanced directiveといって、もしものときにどのような治療を施してほしい、誰に意思決定をしてほしいなどあらかじめ本人が詳細に記載することのできる公的文書があります。このadvanced directiveがあると家族の間で治療に関して意見の相違がでても、指定された代理人が最終決定権を持ちます。急性腎不全で、一時的な透析によって腎機能が回復する見込みのある場合は期間を決めて(time limited trial)透析をオファーする場合もあります。多くの場合、トライアル後は透析を治療オプションとして提示しないのが普通ですが、状況によっては透析を延長する場合も少なくないのが現状です。

透析治療を選択しない場合、緩和ケアとの連携のもと、予想される経過と処置の選択をふくめ、どこでどのように死期を迎えるかを話し合います。緩和医療とホスピスの違いですが、後者は一般的に予後が6ヶ月以内の患者をホスピスという団体が医療費の負担を含め終末期にかかわるマネジメントを行う点です。先月、私は病院で慢性透析コンサルトを担当していましたが、慢性透析患者2人の透析を本人や代理人を含め長い話しあいをした結果、最終的に透析を中止しました。一人は50歳で末期AIDS脳症による痴呆がひどく透析をうけられない方。もう一人は38歳でcalciphylaxisによる腹部創の状態がかなり悪い方でした。いずれも透析を中止したのちホスピスケアのもと自宅や施設にいかれました。

透析療法は提供するだけではなく、病状、生命予後、QOLに応じて本当にそれが本人にとって適切な治療かどうかを十分に話し合い、場合によっては透析を中止したり、透析を開始しない選択肢も考慮するべきです。患者の高齢化が進む日本では特に多くの医療関係者が認識し勉強するべき大事なトピックだと思います。

T.S
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