米国の透析が日本と異なる点はいくつかありますが、特に驚いたのが「透析血流の速さ」と「透析膜の再使用」です。透析膜の再使用は日本では認められていませんが、米国と多くの発展途上国ではよく行われています。
血液透析が一般に普及されはじめたのは1960年代ごろからですが70年代後半より尿毒性物質の除去に優れるとされるハイパフォーマンスの透析膜が登場しました。ところが、この透析膜は当時とても高価であったためコスト削減目的で、透析膜を廃棄する変わりに、洗浄・消毒をしたのち再使用をはじめました。再使用はさらに医療廃棄ごみの削減と新しい透析膜を使用する際にしばしば起こったエチレン・オキシドという消毒剤によるfirst use syndromeを予防できることから盛んに行われるようになりました。しかし2012年現在、ハイパフォーマンス透析膜が通常の透析膜を使用した場合に比較して、生命予後に関して明確な利点が証明されていないことと、ハイパフォーマンス透析膜が安価になってきていること、またエチレン・オキシドが製造の段階で使用されなくなった今、再使用が本当に必要なのかどうかと思います。
米国の透析膜の再使用の頻度をグラフに示します。米国の透析はDavitaとFreseniusという2大透析会社を中心に展開しています。Freseniusは2002年から透析膜の再使用をなくしましたがDavitaはいまだに再使用をしています。したがって米国はいまも40%近くの透析施設で再使用が行われています。
使用済みの透析膜の消毒方法ですが、以前は発がん性作用を持ったホルムアルデヒドを使用していましたが、現在はほとんどperacetic acid (過酢酸)です。透析膜の再使用回数は施設にもよりますが、一つあたり10-70回ほどです。患者に使用後、2時間以内に過酢酸で消毒したのち透析膜のtotal cell volumeを測定し、物理的な損傷がないことを確認します。その後、10時間ほど消毒液に浸すと使用可能な状態になります。一般的に水道水を浄化したのち透析液を作る血液透析は完全な無菌ではありませんが、このような方法で消毒した透析膜を使用し感染が起こらないのが不思議に思うほどです。
透析膜の再使用とそうでない場合の透析効率に関するデータはHEMOスタディーのサブ解析が示しています。この試験では透析膜の種類と消毒方法によって、尿毒性物質(尿素、β2ミクログロブリン)の除去率が消毒回数とともにどのように変化するかを観察しました。その結果、透析膜の種類に限らず10回程度の過酢酸消毒では小分子である尿素の除去率は1-2%程度低下しました。一方、中分子のβ2ミクログロブリンの除去率はポリスルフォン(PS)膜(F80A)では変わらなかったもの、ハイパフォーマンスセルロース膜(CT190)では30-40%低下しました。また過酢酸に加え透析膜を漂白するとクリアランスがあがります。この理由ははっきりしませんが、1) セルロース膜は血中たんぱくと結合しやすいため透析膜孔を閉塞するためクリアランスが低下する 2) PS膜は血中たんぱくを結合しにくいか、過酢酸によりよりダメージを受けやすいなどの理由が考えられます。一方、漂白剤はポリマーを除去するので、より透析膜孔を大きくしクリアランスを良くする可能性があります。
再使用により透析患者の生命予後への影響ですが、再使用膜vs新しい透析膜によるランダム化された前向き臨床研究はありませんが、この比較的大きな後ろ向き研究報告によると、どちらを使用しても生命予後にあまり差はないとされています。
米国で透析膜は一つ10ドル以下です。透析膜が仮に10ドルとして、100人いる透析施設で、週3回透析での年間のコストを簡単に計算してみます。52週x 3回透析x10ドルx100人=156,000ドル。一方、再使用の方ですが、平均20回再使用したとすると、年間156回の透析で1人が10本使ったとしても透析膜に関しては10本x10ドルx100人=10,000で済みます。ただしこれに加え、消毒液、消毒施設の管理費、技師さんの給料(平均年収35,000ドル)がかかってきます。仮に消毒のためだけに技師を3人雇ったとしても35000x3人=105,000ドル、消毒液2000ドル程度、施設管理費を含めてももしかしたら、再使用の方が少し安く上がるのかもしれません。ただし、その差は極めて小さなものとなってきていることは事実です。
Davitaは透析膜の再使用を行っている代償として?使用済みの透析関連ごみをリサイクルするプロジェクトを昨年発表しました。医療廃棄物をリサイクルし、非医療のプラスチック製品などに再利用するようです。まずはカリフォルニアにある106の透析施設でパイロットスタディーをするようですが、年間160トンものごみの削減につながると予想されています。
以上、透析膜の再使用は日本では禁止されているのでなじみがありませんが、発展途上国では日常行われていますし、先進国の米国でもいまだに行われています。KDOQIは再使用に関しては推奨も否定もしていません。米国で再使用が始まった経緯と消毒剤による透析膜クリアランスの変化と患者への影響などを中心におさらいしてみました。
T.S
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